当日の朝は好奇心を上回る恐怖から献体を直視できるかも不安であり、献体と向き合える自信が無いことに罪悪感があった。友達のテンションがますます上がる一方で、僕の心持はますます揺らぎ血の気が引いていくのがわかった。もちろん嫌々行くという気持ちは毛頭無く、献体そしてその家族のお気持ちに大切に好奇心を持って返したいという思いがあった。
いよいよ献体と向き合うときがきた。不思議なことに先ほどまであった不安はどこへやら、好奇心が先行し想像していたよりも冷静にそのときをむかえた。かぶせられたシート、布をめくると老人女性の献体が横たわっていた。見た瞬間非常に勝手なのだが献体の人格が想像され、感謝のきもちとともに彼女への慈しみがうかんだ。すでに実習が3ヶ月すすんだ献体には切込みがあり、先生は一つ一つの器官をはずして説明してくださった。
大動脈は想像していたよりも巨大な管で、厚く弾性に富んでいた。大動脈弓の辺りを触るとポキポキっと音がなり動脈硬化による器質化がおこっていることが実感できた。静脈は動脈がチューブ状で太いのに対してペチャンコで頼りなかったが、神経は太く一見すると動脈とまちがえそうであった。心臓は拳だいときくが献体のものはそれより小さかった。心臓だけでなく肝臓も小さかった。献体自体小柄なのでどうやら器官は体の大きさによってサイズに個人差が生まれるようだ。